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2003年の世界選手権の国別対抗団体戦決勝で李源學・劉永東を破り世界選手権国別対抗優勝の立て役者であった林朝章のおもわぬ絶不調で、アジア選手権国別対抗団体戦決勝の韓国戦シングルスにいきなり起用されるが、相手は世界チャンピオン方峻煥。手もなくひねられる。個人戦シングルスでも方峻煥と準々決勝であたるドローを引いており、彼の初めての国際大会は平凡に終わるはずだった。が、方峻煥はインドネシアのエディに俄には信じ難い敗戦を喫し、突然チャンスはまわってくる。しかしチャンスが来た!という力みは全くない、むしろおおはしゃぎの頂点がこのエディ戦で(インドネシアサイドの)いささかひんしゅくを買ったほど。
国際大会の男子シングルスでは1995年以来、韓国が連勝中であった。しかしベスト4には台湾と日本がふたりづつという珍しい顔ぶれ(高川経生、菅野創世、林舜武、劉家綸)。やはりここでも恐いとおもったのは劉家綸であり、高川がそんな彼を破った時点で、日本の悲願である国際大会男子シングルス初優勝なるか?と誰もが考えた。しかし激戦の末優勝したのは林舜武。台湾男子としては、国際大会において初めてシングルスが採用された1992年のジャカルタにおけるアジア選手権で、廖南凱が勝って以来のシングルスタイトルとなった。
余談だがなんとなく林舜武は廖南凱に似ている。フォアやサーブの何気ない仕種が廖南凱のそれと似ている。本人にそういったら嬉しそうに笑っていた。廖南凱となんらかの関わりがあったのかなかったのか確認していないが、母国の伝説的な英雄に憧れてまねたとしても不思議ではない。
この時点でシングルスはルールが変わってようやく一年たったところであり、この無名の新人がいきなり勝ったことに驚いたものの、方峻煥という絶対的存在がこけたことに象徴されるようにまだまだ海のものとも山のものともわからないというのが実感であった。だからこのシングルスの結果もありうるという雰囲気であり、林舜武そのものを評価することはむずかしかった。
しかし、最終日のダブルス(ペア李佳鴻)ここでの軽やかなテニスは印象的だった。特に菅野・小林を翻弄したフリースタイルともいうべき自由自在のテニスはこれからのあるべきテニスを示しているのではないか、とさえ思わせるものであった。端的にいえばダブルフォワードなのだけど、王俊彦・趙士城や金裁福・朴昌石とはまったく違う。もっと自由で柔らかいのである。極端なことをいえば、何も考えていないのではないかというような軽やかなさである。らくらく、ベスト4に入り、そこで王俊彦・趙士城に決勝進出を譲るかたちで彼のアジア選手権は終わった。最後まで浮かれっぱなしというムードはかわることがなく、私はこんなに楽しそうに国際大会を戦う選手をみたことがない。同じ台湾人でも王俊彦なんていまにも死にそうな顔をしてやっている。もちろんいい悪いの話しではない。
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